管理人あいさつ

2020年7月17日

私にとって鍼灸・東洋医学を学び始めたきっかけは「自分のように悩んでいる人を治してあげたい」でした。

数ある代替え療法の中から鍼灸を選んだのは、国家資格だから受ける人を安心させられると思ったからです。

今思うと、綺麗事で取り繕った言葉と行動でした。

自分が悩んでいる時、本当の意味で親切に善意で助けてくれる人はいなかったように感じていました。

しかも誰に聞けばいいのかわからなかった。

薬をもらってもすぐに効き目がなくなるし、飲み続けるのも怖くて

インターネットを見て、あれを食べた方がいい。これはこれに効果がある。

探しては試してました。

「本当は何が効果があるの?」

「何をやったらいいのか教えてくれよ」

って思ってました。

整体にいっても体が整ってくれば症状は改善するでしょう。

と言われ、

「いつだよ?」

って思っていました。

「みんなと同じようなもの食べて、みんなと同じような生活してるのになんで自分だけ?」

って思っていました。

ただの被害者面だったことはのちに理解することにはなります。

ニキビ・皮膚の赤み・かゆみ・不眠・めまい・頭痛・むくみ・多汗など、人から見たら「そんなに悩んでた?」って思われるような症状の度合いかもしれません。

悩んでいるようにも見られたくないと思っていたし、悩んでいるのがカッコ悪いとも思っていました。

つまらないプライドばかりで人と会うのは肌の調子のいい時のみ。

私の鍼灸に対する思いは本当は「人のため」ではなく、今までの自分を無かったことにしようという思い、つまり帳尻合わせでした。

「鍼灸師になれば、自分の体調改善ができるし、人に感謝される仕事にもつけるし一石二鳥じゃん」

これが本当の声だったと今の自分からみると思います。
何年か経ってまた思い返した時、また別の答えを出すかもしれません。

つまらない話を先にしてしまい申し訳ありません。

ここから本題

では、今はどうか?

なんだかんだといいながら東洋医学を学び始めることになり

西洋医学と東洋医学の思想・基本概念の違いを学びました。

「天人合一思想」 「陰陽論」 「五行論」

これが東洋医学生が初めに勉強する内容です。

「チャングムの誓い」が好きな人は聞いたことあるかも笑

要約すると、

世の中に存在するものは、地球も人も、裏も表も、宇宙も星も、全てのものはお互いに何かしらのバランスを取り合って生きている。存在している。という考え方です。

※こちらは私個人の意見であって、東洋医学思想に対する解釈は多数存在し、個人の価値観もあると思っています。他の人を否定するものでも、誰かに押し付けるものでもないので、異論・反論があっても寛大な心でよろしくお願いします。お気に触りましたら早々にこのページから離れてください。

世の中には善も悪もないということをいう人もいますが、そうではなく、善があるから悪があり、悪があるから善があるわけです。

進んで悪者になろうとする人はまあ、なかなかいないと思いますが、正しいことをしようとしてたのにいつの間にか悪者になっていたというのは珍しい話ではないです。悪者になったということは正しい何かが出来上がったため自分が悪者なわけですね。

中庸という言葉があります。これは陰と陽、善と悪、太陽と月、などの調和の取れた状態ということです。

つまり、東洋医学の思想です。

東洋医学の治療ではこの中庸を目指すことになります。

では、中庸こそが善なのか?と問われば、それはそうかもしれなし、そうじゃないのかもしれません。

今はまだ答えが見つかりません。

なんだか取り止めのない話になってきてしまいました。

ともあれ、こういった思想や哲学のような話を3年間肌みで感じながら過ごしてようやく、鍼灸師としてデビューすることになります。

そして結果的には、当初の思惑通り、入学当初に比べると健康的で症状に対する悩みからは解放されて過ごすことができていますし、嬉しいことにお客様から感謝の言葉ももらうことができています。

しかし、「自分のように悩んでいる人を治してあげたい」という言葉については達成できてないのが現状です。

もちろんお客様はみんな悩んでいるので、治療をすることが「力になる」という解釈もできます。

でも、東洋医学を学び、症状から解放された自分が思うのは、症状や病気は、鍼灸を受ければ治るのではないということです。

鍼灸を人に施すことは、感謝され、その恩恵としてお金を頂戴することです。

街を歩くと腰の曲がった人、肌の荒れた人、歩きにくそうにしている人、たくさん見かけます。

「自分のように悩んでいる人を治してあげたい」

今では、これほど傲慢な言葉もないと思っています。

悩んでいそうな人に声をかけては、「悩んでいそうですね!治療をします!!絶対に治します!」

と言っているようなもの。

いったら健康の押し売りです。

これでは数ある商材の一つと一緒です。

「〜にはこれが効きますよ!」

こういったものの中に必要なものもあるとは思いますが、

やはりその場限りです。

結局悩んでいる人の表面上の健康を助長するだけになってしまうと思います。

取り繕った人生を過ごすための材料にしかならないと感じています。

はじめまして。

こんなブログにお立ち寄りありがとうございます。

私は、鍼灸師を生業にして生活しています。

「過去に体の不調に悩んだ自分の経験を活かして人の健康に役立つ人間になりたい」

こう思い、鍼灸師を目指しました。

鍼灸師はいわゆる職人業だと思っています。

鍼の「刺し方」一つとってみても

  • ツボを狙った鍼
  • 筋肉を狙った鍼
  • 神経を狙った鍼
  • 浅い鍼
  • 深い鍼
  • 刺さない鍼

この中にもっと細かい分類と言うか流派が存在します。

また鍼灸師は、技術以外にも様々な知識を駆使して、治療に役立てます。

解剖生理学はもちろん、栄養や心理学的だったり、思想的な話や占い、易学など多岐に渡ります。

そういった意味でも、私が見てきて思うのは、同じ流派に属する先生方であっても、一人として同じ技術は無いように感じます。

それは、やはり各々の考え方や、経験の違いがあるためです。

これは、鍼灸師にとっては、自身の個性を活かすことができる面白さだともいえます。

しかし、鍼灸を受ける人にとっては、鍼を刺される恐怖感に+して安定した技術を受けられないという鍼灸や東洋医学の不透明さにもつながっているんだと思います。

これは東洋医学の永遠の課題でもあるかもしれません。

そういった中で、私が大事にしたいと感じていることをお話しします。

それは人間の自己治癒力です。

人の体は、本来、自分で回復する力を持っているということです。

お腹が痛くても、時間が経てばおさまります。

怪我をしても、数日経つと傷口は塞がります。

疲れが溜まっても眠れば回復します。

現代では、周りを見ると

食べすぎてお腹が痛くても胃腸薬を飲んで、付き合いといいながら食事やお酒を飲みに行き。

怪我をして、痛みが強ければ鎮痛剤、炎症があれば炎症を抑える薬で対処。

疲れが溜まっても栄養ドリンクを飲んでさらに働きます。

私自身、ほとんどこれに近い生活をしていました。

すると、あるときから、薬の効きが弱くなりより強い薬に頼ったり、毎日のように整腸剤や栄養ドリンクを飲んでは仕事や遊びに行っていました。

こんなことを繰り返していくうちに調子が悪いのが当たり前になっていたのです。

困り果ててこの世界に飛び込みました。

しかし、世の中の矛盾や、日本の今の医療のあり方を目の当たりにして、感動したり、ショックを受けたりして

これだと、症状の緩和にはなるけどまた、根本的に治ったことになってるのかな?